精神科女医の健康談義

精神科医の立場で精神科医療や栄養療法、漢方治療などについてわかりやすくお伝えしています。

その物忘れは認知症?-認知症と加齢による物忘れの違いー

認知症の診断目的で来られる患者さんはもちろん、うつ病など他の疾患で通院されている患者さんからも「私は認知症ではないでしょうか」と相談されることが、多々あります。

認知症と加齢による物忘れについてお話したいと思います。

 

 

物忘れを心配される患者さんの訴え

 

ご自身で物忘れを心配される方は、「俳優の名前が思い出せない」「買い物に行ったのに、買おうと思っていたものを忘れていた」「大事な約束していたのにうっかり忘れていた」などとおっしゃることが多いです。

思い出せない、忘れてしまったという出来事を、ご自身で詳しくお話ししてくれます。

 

結論から言うと、ご自身で認知症ではないかと心配され相談される方で、アルツハイマー認知症と診断する事はほとんどありません。認知症と診断される方の多くは、本人はあまり自覚がなく、ご家族が心配して連れてこられます。

 

認知症と加齢による物忘れの違い

 

加齢による物忘れでは、出来事の一部を忘れます。しかし認知症では出来事全てを忘れてしまいます。

例えば、通帳をタンスの中に隠したとします。通帳をどこかにしまったはずだけど、どこにしまったか忘れたというのは加齢による物忘れです。認知症では自分が通帳をしまいこんだこと自体を忘れていまい、「通帳がない」と思い込み、しばらくすると「家族の誰かがとったに違いない」と物取られ妄想に発展することもあります。大事な約束をしても、約束した事自体を忘れて、喧嘩になったりします。

出来事全てを忘れるので、本人に自覚はなく、ましてや外来に来て、自分で物忘れの出来事を詳細に語ることは不可能といえます。

 

 

認知症以外の物忘れで注意したいこと

 

 認知症ではない方が物忘れを訴える際には、一度にいろんなことを言われて軽いパニック状態になってる場合や、身体的、精神的ストレスなどで、集中力が低下している場合などがあります。

うつ病でも集中力や判断力が低下し、認知症のように見えることがあります。

アルコールや睡眠薬などでも、一過性に健忘が生じることがあります。

甲状腺機能低下症などの身体疾患でも、気分が落ち込んだり、記憶力が低下したりしますが、これは治療可能な物忘れです。

 

 

記憶の分類について


記憶は、記銘(覚える)→把持(持っておく)→想起(思い出す)の3段階の過程から成ります。

認知症では記銘力、加齢による物忘れでは想起が低下する傾向があります。

つまり認知症では、そもそも記憶することができず、さっき言ったことも忘れてしまいます。
知っているけど思い出せない、というものは、加齢による物忘れでも起こります。


記憶の保持時間による分類では、即時記憶(直後の記憶で、起こってから思い出すまでの間に何も起こらない)、近似記憶(起こってから思い出すまでの間に何かが起こる、数分から数時間、数日まで)、遠隔記憶に分けられます。

認知症では近似記憶が障害されます。お米を炊いておいてと頼まれた後に、洗い物をしてしまうと、お米のことはすっかり忘れてしまいます。

初期の段階では、即時記憶が保たれるので、一見話を合わせられますが、数分前に話した事は覚えていなかったり、同じ事ばかり話したりします。


記憶を内容で分類すると以下のように分けられます。

・陳述記憶(言葉やイメージで表すことができる)

   エピソード記憶(いつどこで何が起こったという個人の経験)

   意味記憶(言葉の知識など)

・非陳述記憶(行動として再生される)

   手続き記憶(自転車をこぐ、泳ぐなど)、

   プライミングなど

認知症では意味記憶は比較的保たれるため、これは何?と聞くと「りんご」「えんぴつ」などと答えることはできます。しかしエピソード記憶が障害されるので、今朝何を食べてきた?という問いには答えられません。

手続き記憶は後期まで比較的保たれるので、かつては得意だった、裁縫や楽器などはできることが多いです。これを上手くリハビリなどで用いると良いでしょう。

 

 

しかし加齢による物忘れにしてはひどいが、認知症の診断には至らない人がいます。

そういった方を「軽度認知障害 Mild Cognitive Impairment (MCI)」と言います。

これに関してはまた次回にお話ししたいと思います。

 

※この場合の認知症アルツハイマー認知症についてです。

その他の認知症では、初期に記憶障害以外の症状が出てくることがあるので、改めてお伝えしたいと思います。

 

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参考文献 医学書院 認知症ハンドブック